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ライジングサン石油油槽所

明治十九年三月、国鉄武豊線開通
明治三十四年にシェル石油の前身でもある、ライジングサン石油の油槽所(石油の貯蔵所)がここ武豊港に開業した、ここから中部圏に石油が汽車により運ばれたのです。
当時は10トンタンクにに石油をいれ人力で、引込み線から国鉄の本線に運び、汽車により運ばれていたのですが、石油の需要の増加に伴い、タンクの容量が20トンになり、それによりタンクの台車車軸が荷重を支える為、二軸から三軸に変更、そのため人力でのR30を曲がるのは困難となり、必要性と効率化から現在残存する「直角二線式の転車台」が作られました。
ライジングサン石油とは、千八百年末期、横浜で貿易業を開始した「サミエル商会」が千九百年石油部門を独立、後年シェル石油となるライジングサン石油を設立いた。
当時、照明用の灯油、ロウソクの販路を」拡大し、シェルトランスポート(石油運搬業)として発展、サミエル商会はロイヤルダッチと合併し、ロイヤルダッチ/シェルとして新たにスタートした。
「ライジング石油」は日本を拠点として事業を展開することになった。油槽所の向かいの小高い丘にライジングサン石油の社長家族が住んだ洋館が建てられ、食料のほとんどは自国(イギリス)から取り寄せていたが、少量の調味料等は、武豊商店街に買い物に出かけたが外人さんの母娘を見て商店街の人々は大騒ぎになったという逸話も残っています。
大足村の人々は「異人館と呼び親しんでいたが、昭和40年代その洋館も取り残され、現在は、玄関への階段と煉瓦造りの土台が残るのみとなりました。

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