みそ・たまり蔵

武豊町は、鉄道の敷設とともにみそ・たまりの醸造業が盛んになりました。 現在は里中・大足地区や小迎地区に醸造蔵があり、伝統の味を大切に守っています。
醸造蔵の周囲には黒板堀やレンガ造りの趣きある建物が多く、蔵から漂うみそ・たまりの香りとあいまって、古きよき懐かしさを醸し出しています。
武豊町でつくられるみそは「豆みそ」と言われ、原料は塩と大豆のみで、長期熟成して造られます。 味はもちろんのこと、大豆イソフラボンを多く含み健康にも優れています。
小迎地区の醸造「伝承館」は、実際に使われていた蔵を改装して展示施設として公開しています。 みそやたまりを醸造するときに使う用具や様々な資料を展示しています。
醸造「伝承館」 … 住所:武豊町字小迎51番地 TEL:0569-72-0030

武豊線と転車台

1886年(明治19年)、県下で最初の鉄道として国鉄武豊線が開通しました。 この鉄道敷設を契機に武豊町は大きな発展を遂げ、いわば武豊線は武豊町発展の象徴と言えます。
現在は、JR武豊駅が武豊線の終着駅になっていますが、かつては、武豊港に向かって線路が続いており、 約1km先の武豊停車場(武豊港駅)が武豊線の起点となっていました。 武豊港駅は、1892年(明治25年)に現武豊駅が設置されたため、営業を中止しましたが、1930年(昭和5年)には 再び武豊港駅として復活、しかし、1965年(昭和40年)に廃止となりました。
かつて武豊港駅があった場所には、現在も転車台が残っており、その周囲は小広場として整備され、鉄道文化を感じられる憩いの場となっています。
転車台は、蒸気機関車の向きを変えるための装置で、武豊町の転車台は「円形木板張り井桁状転車台」という直角二線式のもので、全国で武豊町にしか現存しない大変貴重な鉄道文化遺産です。

高橋熙君顕彰像

昭和28年(1953年)9月25日の台風13号の襲来により、字塩田付近の線路が高潮で運行不可能となった。 武豊駅に勤務していた国鉄の職員、高橋熙さんは、このことを知らずに東成岩駅を発車した列車に危険を知らすため、 発炎筒をたいて暴風雨の中へ飛び出して行った。その合図のお陰で、列車は無事に危険からは脱したが、高橋さんは高潮にのまれて殉職されてしまった。 その高橋さんの責任感をたたえ翌29年(1954年)9月に建てられた胸像である。

歴史民俗資料館

今日の武豊町が形づくられるまでの歴史や民俗、考古資料などおよそ5万点が収蔵されています。
味噌・たまり醸造業など伝統産業の紹介、港や鉄道をとおして栄えた町の工業の説明、原始・古代・中世の遺跡から出土した土器の展示、 からくり人形模型の展示、山車の紹介、農具・生活用具の展示、手織り知多木綿の実演などが行われています。
また、年に数回特別展や企画展が開催されるほか、収蔵品を使った古文書を学ぶ会やはたおり教室などの各種教室も開催されています。
住所:武豊町字山ノ神20番地1 TEL:0569-73-4100

図書館・アサリ池

池上に立っている武豊町立図書館。 いくつもの円柱が連続する白い建物は、まるで水面に浮かんでいるようにも見えます。
図書館の建つアサリ池の周囲は、親水公園の整備が進められ、池の中に張り出した水上デッキ、池を一周する散策路、 水循環により水質浄化を図る噴水、魚が住みつきやすいように設置された魚巣ブロックなど、水を身近に感じることができる憩いの場になっています。
住所:武豊町字山ノ神135番地1 TEL:0569-73-6800

ぎゃらりぃ夢乃蔵

かつて染物屋を営んでいた古民家を再利用したギャラリー&カフェ。
町内6つの醸造蔵のみそ・たまりの販売スペース、焼きたてパンを味わうことができるカフェスペース、ガラス工芸作家の作品を展示・販売するギャラリースペースなどがあります。
工房ではパン作りやガラス製作の体験教室も開催され、手づくりやパンやステンドグラス、トンボ玉などのガラス作品を自分で作ることができます。(※体験教室はお申込みが必要です。)
住所:武豊町字道崎55番地6 TEL:0569-73-7883

武雄神社

長尾城に居城していた岩田氏が武雄天神を氏神としてまつり、城内領内を鎮護する社として累世崇敬されたのが現在の武雄神社です。
武雄神社は武豊町の名前の由来にもなっており、1878年(明治11年)に長尾村と大足村が合併した際、両村の氏神の武雄神社と豊石神社の頭文字をとり武豊村となりました。 (昭和29年に武豊村は冨貴村と合併し武豊町となります。)
4月に行われる祭礼では、6台の山車が曳き揃えられ、武雄神社に奉納されます。
住所:武豊町字上ヶ8番地 TEL:0569-72-0631

長尾城址・長尾学校跡

長尾城は、鎌倉時代から戦国時代までの岩田氏の居城であり、現在の武雄神社境内を含めその一帯の高台を構内として豪をめぐらし、その南東に本城を築いたと言われています。 現在、長尾城は現存せず、その姿を見ることはできません。
長尾学校は蓮花院の庫裡にあったものが、1879年(明治12年)にこの場所に移転しました。 1887年(明治20年)に「武豊学校」、1892年(明治25年)に「武豊尋常小学校」と改称しましたが、現武豊小学校が建設される1899年(明治32年)までの20年間ここは、子どもたちの学び舎でした。 現在も残る石垣が、当時の面影を伝えています。
住所:武豊町字上ヶ6番地(長尾学校跡:坂田氏宅)

堀田稲荷神社・豊石神社

堀田稲荷神社は、諸願成就の神として東海一円の人々の信仰を集めています。 境内の入り口には朱色の鳥居ときつね像があり、絵馬堂には、愛知県の指定文化財である「算額」が奉納されています。 2月の正月稲荷大祭、9月の講社大祭、12月の霜月大祭と季節ごとに祭りが催され、毎月5、10日に開かれる朝市も大勢の人で賑わっています。
豊石神社は、大足地区の氏神であり、武豊町の名の由来になっているほか、毎年7月には蛇車祭りが催されます。 蛇車祭りでは、蛇ノ口という手筒花火を山車の上から振るのが特徴になっています。
堀田稲荷神社 … 住所:武豊町字川脇6番地
豊石神社 … 武豊町字明神戸60番地

庄屋屋敷

江戸時代には代々庄屋を勤めた三井家の屋敷。 母屋は大部分が改造されていますが、石垣や、居間の柱やはりなどをチョンナで仕上げる当時の工法が残されています。 門の脇にある土蔵は、棟札から1750年(寛廷3年)の建築であることがわかっています。
住所:武豊町字上ヶ(三井氏宅)

山車と鞘蔵

武豊町には11台の山車が現存しており、そのすべてが町の有形民俗文化財に指定されています。
山車は、普段は鞘蔵に保管され、毎年それぞれの地区のお祭りで曳かれます。 5年に1度の「武豊ふれあい山車まつり」では、11台すべての山車を一堂に見ることができます。

武豊町のマーク(町章)

武豊の「タ」「ケ」の合成で、力強い横線は町の発展を、上下の曲線は調和を表現し、全体ははばたく鳥のイメージによって明るい未来を象徴しています。

町のキャラクターマーク

武豊町に伝わる「浦島太郎」をモチーフにやさしさ、親しみ、自然(海)の豊かさ、活力と将来への広がりを表現しています。 このマークの愛称は、106点の応募の中から選ばれた「ゆめたろう」です。