武豊港は明治32年(1899)、愛知県下初の開港場に指定されると、海外から石油・石炭・穀物などが輸入され、武豊線によって中部地方各地に輸送されました。地場産業だった味噌・たまり醸造業も、海外からの大豆・塩の大量輸入によって飛躍的に成長、また窯業や織布製造業など武豊町の産業全般を大きく発展させました。
昭和30年(1955)以降、高度経済成長に向かい、物資輸送はトラックへと移り変わりました。港湾、臨海鉄道の整備も急速に進み、昭和40年(1965)には武豊港駅からの貨車運輸は廃止となり、その役割を終えました。起点の武豊停車場は油槽所や穀物倉庫からの荷を運ぶ貨車を移動させるため2台の転車台が設置され、このうち1台が旧国鉄時代の産業遺産として今も保存されています。明治25年(1892)に停車場が現在の武豊駅に移転され、客車はここからの起点となり現在へ引き継がれています。
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