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第十八話 天(あめ)の御柱(みはしら)・国(くに)の御柱(みはしら)

 昔話にたびたび登場する知里付神社の宝物に「アケズの箱」という小箱があります。この箱はよほどのことがない限り開けることは許されておりません。だから「アケズの箱」なのです。
その日私は、特に許されて、前の宮司、故森下善三さんのお宅で拝見させていただくことができました。
森下家では、南朝の忠臣、北畠親房の子孫で、建武の新政の夢破れた後、伊勢神宮と深いかかわりのある東大高に住み、知里付神社へお仕えする身となりました。特に、宿敵足利氏が征夷大将軍となって、室町に幕府を開き、権勢を振るっておりましたので、北畠の姓を名乗るのは都合が悪いわけです。ちょうど、お館が知里付神社の森の南下にありましたので、森下と改正することにしました。
緊張して控えている私の前に、白木の箱が運ばれてきました。昔は、黒うるし塗りの古風な箱でしたが、破損がひどくなったので、新しく造り替えられたのだそうです。
上ぶたがうやうやしく開けられると、中に古代錦に包まれたものがありました。森下さんの手で、机の上にその包みが大切に置かれ、布が開けられると、なんと中に、「オキナ・オウナ」の面一対と御幣が出てきたではありませんか。
「これは『天の御柱・国の御柱』と申し上げ、知里付神社創建の大昔から、大切に守り継がれてきた神宝です。」
私は、森下さんのお声が耳に入らないくらい、その一対の面に引きつけられておりました。にこやかに笑(え)みかけている二つの面は、小さくかわいらしいものではありましたが、私が今まで見た能面のどれよりも、私を強く引きつけるものを持っていました。私も森下さんも、それからは黙ったまま、いつまでもその神面に対しておりました…。
そして、このお面にまつわる、不思議な霊験をここでお話ししなければなりません。
それは、明治二十六年の真夏のことでした…。

「困ったのう、こう日(ひ)照(で)りが長く続いては、一粒も米がとれんことになる…。」
「全くだ。もうこれで何十日降らんのかなぁ。ため池の水で、やっとのこと苗は植え付けたものの、あれから、雨らしい雨は一回も降らん。どの家の田んぼも、亀の甲らのように、ひびわれてしもうた。
「おれも、なんとかせにゃあと思って井戸水を桶(おけ)で運んで、ひしゃくで一株ずつかけておったが、そんな気休めじゃ、どうにもならん。それに、家の井戸も干上がって飲み水まで無(の)うなってしまった始末さ…。」
「隣村では、水のいさかいで、人殺しまで起きたほどだって聞いたわい。」
「この前は大風で、今度は日照りじゃあ、百姓殺すはわけねぇというたとえの通りだい。何かのたたりだろうかぇ…。」
「とにかく、雨乞いをせにゃあと、寺のご住持さん頼んでご祈祷してもらったり、神さんの境内で引祭りをしてみたりしたが、ポツリとも来ねえ。ほとほと困り果ててしもうたのう…。」

「のう。おれ、子どものころ、家のじいさまに聞いた話だが、知里付さんのお宝にお願いして雨乞いをしてみたら、どうだろうかえ。」
「うん、おれもお前と同じことを家でしゃべったが、あのお宝はめったなことじゃあ、使えねぇということだ。『アケズの箱』というくらいだから。それにどうやって雨乞いしたらええか、やり方が分からねえ…。」
「それは神主さんに相談してみるより仕方がねえじゃねえか。今から神主さんのお屋敷へ行ってみようじゃねえか…。」

「さて、村の衆。えらい日照りで、田んぼはもとより、飲み水にも事欠く有様だ。稲の葉もよれよれで、火がつけられそうになっとるのは、とてもまともにゃ見られねえ。いろいろご祈祷してもらったりしたがさっぱり験(げん)もねえので、これは最後の神さまへのお願いとして、知里付さんのアケズの箱を使わせていただくことを宮司さんからお許しいただいた。
皆の衆よ。このお宝は、めったなことでは拝めない、ありがたーいもので、江戸時代三百年の中にも、そう何度もお出ましいただいたことのないものじゃから、粗相のないようしなくてはならん。
あす朝、清めた船に笹(ささ)竹を立て、シメを結い、お宝を持たれた宮司さんのお伴をして、わしら五人が海へ漕ぎだすから、村の衆は、浜辺でひざまづいて、船が止まったら、お伊勢さんの方へ、お祈りをしてもらいたい。どうか、よろしゅうお頼みしますぞ。」

――さて。その結果はもちろん、そのあとで、黒雲が湧き上がり、待ちこがれていた慈雨(じう)が勢いよく降ってきたそうです。手を取り合い、あるいは泣いて喜ぶ人々の姿が、目に浮かんでくるような気がします。
今は、愛知用水のおかげで、農作業で水の苦労をほとんど感じない世の中になりましたが、用水ができる前の当地は、水不足にいつも苦しんだものでした。今も各所にため池が残っているのは、私たちの先祖が干ばつにそなえるため営々と築き上げたものなのです。昔の人は、水を特に大切に扱い、粗末に扱うと目がつぶれるぞと叱ったものでした。
私は森下家を辞して、知里付神社へお参りをしましたが、急に雨雲が出てきて、ポツリポツリと小雨が降り出しましたので、思わず神面の穏やかな表情を思い浮かべていました。

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