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第一話 贄代(にえしろ)の郷(さと)

「この里(さと)の皆さん。私はヤマトヒメと申します。この国のいちばん偉い、太陽の神様で、帝のご先祖にあたる天照大神さまが夢の中でお告げになり、都から離れた、清らかな土地を探してお社(やしろ)を建ててほしいと申されました。お告げに従って私たちは、紀伊から丹波の国へ、そして、伊賀を越えて、美濃の国から尾張路へと、ここがよかろうか、あそこがよかろうかと、お社の候補地を、訪ね探してまいりましたが、大神さまの御心(みこころ)にかなわず、とうとうこの里までまいってしまいました。ここは、なんと申す里ですか。」
「はい。ここは尾張の国の知多の郡(こおり)の中ほどに当たり、熱田の国の国造(くにのみやつこ)の住まいから、南へ二十数里の名もない村里でございます。」
「吹き上げてくる潮風が心地よく、ここは見晴らしのよい所ですね。
 あなた方も、心素直なよい方たちばかりのように思われます。
 ねえ、長い旅路を共にしてくださっている皆さん、ここにひとまず仮のお社を建てて、大神さまの御心をお伺いしてみましょうか。」
 ヤマトヒメさまが、大勢のお伴(とも)の方とともに、この里に足をおふみ入れになりましたのは、もう十何年も前の、秋も半(なか)ばのころでございました。
 お伴の方にお聞きしたところ、尊い帝(みかど)さまのお姫(ひい)さまだそうで、白い麻衣(あさごろも)を身にまとわれて、やさしく私どもにお尋ねになりましたお姿は、長く苦しい社探しで、少しおやつれになってはおられましたが、里人(さとびと)が思わず道ばたに膝(ひざ)をついてしまったほど、尊く、気品に満ちたお方でした。
 私どもの奉仕で、木の香もかぐわしいお社が建てられ、近郷近在の人々が、毎日。お供え物を持ってお参りをしておりましたのに、まもなく大神さまのお告げがあったとのことで、風のように対岸の渥美(あつみ)へ去っていかれました。
 あれから数年たって、帝さまからお達しがあり、お社の地が伊勢に定まったこと、この地が大神さまへのお供え物を奉(たてまつ)る贄(にえ)代(しろ)郷(ごう)となったことを知りました。やはりヤマトヒメさまは、この里をお忘れではなかったのです。
 私どもが建てたお社は、知里付(ちりゅう)神社と名づけられ、水路で結ばれた八つの池で育てたお供え物の魚を、ひとまず奉安してから、海路、伊勢へ送ることとなりましたのです。

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