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第十一話 付録 新田の話

豊臣秀吉が、全国の田畑の広さ、収穫量を検査する「太閤検地」を命じたが、当地方は、慶長十三(一六〇八)年の末ごろ、伊那備前守の主宰で実施されたので、これを「備前検知」と呼んでいる。江戸時代に入って、人口の増加、耕地の不足のため、山林・荒地・河川海浜の開拓が進められるが、備前検知以降造成の田畑を一般的に「新田」と呼んでいる。
当町には、現在、新田名の字はわずかであるが、土地の人が慣例的に「市原新田」などと呼んでいる土地もあるし、天保年間の村絵図には、多くの新田名が記されている。
古新田――新田のうち、元禄年間以前に造成されたものをいう。
切添――享保年間に、あぜや周辺地を開拓したものをいい、一種の新田である。
西新田など(十二支名を冠した新田)――多くは、尾張藩の命で造成されたもので、えとは検知の年を示す。当町の村絵図には、辰(寛文4)酉(元禄6)戌(宝永3)午(享保11未(同12)寅(延享3)亥(宝暦5)丑(文政12)巳(天保4)亥(同10)が記録されている。
なお、姓を冠した新田は江戸末期が多く、最近の新開地は○号地という言い方が多い。

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